正岡会のホームページ立ち上げのご挨拶

正岡一族は1136年北条経孝が大山袛神社の別宮の地頭神主となって正岡村を所領し、正岡経孝と名乗ったのが始まりです。今治から松山にかけて山城4城を持ち、河野一族の中でも重きをなしていましたが、1585年秀吉の四国征伐によって滅ぼされ、一族四散し、各地に隠れました。2000年私が自分のルーツを探しに愛媛に行った時やはりルーツを求めている多くの正岡さんに会い、正岡会を結成し2004年に正岡祭りを風早の高縄神社で行いました。以後4年毎の正岡祭り、歴史書「正岡一族2004」と正岡一族2008」を出版し、正岡家に縁のある者及び正岡家の歴史に興味を持つものを会員として活動しております。昨年はニユーヨークの正岡さん、ミクロネシアの正岡さんとも連絡が付き、正岡会の歴史にもあらたな1ページが開かれようとしています。800年の昔を思い、今後の発展を夢見て進みたいと思います。

正岡家の誓いの言葉

最後の鷹取城主 

正岡紀伊守経長夫妻が1585年落城自決の際に残した誓いの言葉(吉祥寺伝)

経長 われは国家安康、災難消除、人畜平安を守る。

奥方 わが霊は永遠に妊婦を守り、安産をとげさせ、男児には福徳知恵を、女児には端正麗姿を与える

この二人の言葉は正岡一族が受け継ぎ長く伝えていく(正岡会2004年1月18日)